コンセプト


有機械者 必有機事
有機事者 必有機心
『荘子』天地篇 第十二

研究活動にコンピュータを使うことは、現代ではほとんど前提のように思われがちです。 しかしコンピュータ以前にも、偉大な成果を残した人々がいます。 自然観察をもとに芸術・科学・機械設計を統合した作品を生み出した Leonardo da Vinci、 生物の多様性がいかにして生じたかを明らかにした Charles Darwin、 時間・空間・光・重さの関係を根本から捉え直した Albert Einstein など、彼らの仕事のスケールや完成度は驚異的です。 これらの業績の特異性が彼らの才能に因っていることに疑いの余地はほとんどありませんが、それを踏まえても、現代の研究は果たして、コンピュータによって強化された計算力のぶんだけ、豊かなものになっているでしょうか?

Johannes Vermeer, The Astronomer (c. 1668), Musée du Louvre
"The Astronomer" Johannes Vermeer (1668)

データ解析の手段としてプログラミングを始めることの敷居は、年々低くなっています。 書店に行けば、研究者向けの Python や R の書籍が数多く並んでいますし、web 上では、ビデオ講座やブログなど多くの情報が手に入ります。 しかし、ほんとうに研究を豊かにするうえで重要なのは、プログラミングというものを意識せず、リラックスして研究そのものに向き合うことです。 冒頭の引用: 『荘子』天地篇に登場する老人が言うように、機械に心を囚われることがあってはなりません。 あくまでも研究が主であり、コンピュータは手段つまり従なのです。

もしもコンピュータの操作にストレスを感じていて、それを改善するつもりもないのであれば、コンピュータなど捨てて、紙と鉛筆に持ち替えたほうが良い研究をできるでしょう。 コンピュータがいち手段でしかないことは確かですが、それを使うのに適切な方法があることもやはり確かです。 不幸なことに、現代のコンピュータは、初めて使う人でもそれなりに使い始められるようなお膳立て⸺例えばファイルアイコンやマウスカーソルなど⸺がされています。 使い始めはスムーズに見えるかもしれませんが、それらを使った操作は大きい仕事には適しません。 釘と端材で鳥小屋を手っ取り早く作れたからといって、同じ方法で出雲の社殿に取り掛かったりはしないですよね。

壮大で息の長い仕事をしようする場合、不適切な方法をとり続けることは蓄積的な悪影響を生みます。研究も然り。 では研究の道具としてコンピュータを扱う適切な方法があるとして、なぜ、その方法は十分に知られていないのでしょうか? 原因は、興味対象が異なる集団の間では、知識として認知されるものが異なるためと考えられます。 コンピュータ上での仕事を生業とする集団: プログラマーにとって、コンピュータを適切な方法で使うことは知識ではなく前提です。 もちろん彼らも常に新しいスキルを学んでいるのですが、それらは間違っても「コンピュータを適切に使う方法」として売られたりはしません。 まして、彼らにとって常識である事項はほとんど認識すらされないため、そもそも知識という扱いで外に出てきません。 研究者にとっては十分役立つはずの「コンピュータを適切に使う方法」は、外部からは観測しにくいのです。

研究の道具としてのコンピュータを適切に使う方法を知るカギがプログラマーたちの頭の中にあるならば、研究者も彼らと同じものを学べばよいのではないでしょうか? しかしこれは良い方法ではありません。 何事にも限度というものがあり、研究者にとって重要なのはあくまでも研究そのものなのです。 研究が主であり、コンピュータは従であるという鉄則は、どれだけ強調してもしすぎることはありません。 研究者にとって必要十分に役立つ知識は、プログラマーたちが読んでいるものの中に点在しており、それらを抽出・紹介するのが本サイトの役割です。 例えるならば、巨大な市場から食材を選び、研究者向けの弁当を作ることを想像していただくとよいかもしれません。